PART5 すべての記憶は偽物である
37 トラウマ治療が生み出した冤罪の山
1980年代にアメリカで、子供がある日突然幼いころに性的虐待を受けていた記憶を回復し、実の親を訴える事件が頻発した。
ベトナム戦争の後、心因性の大きなショック(トラウマ)が様々な精神疾患を引き起こすという理解が深まった。そこから逆に精神疾患を患った人には、何らかのトラウマ、抑圧された記憶があり、それを消すことでしか症状は回復しない、という俗流が広まった。
この理論を受け入れたセラピストたちは、被害者(子供)に加害者(親)を訴えるように言った。裁判官も物的証拠がないにもかかわらず、有罪判決を下した。
その後の研究で、記憶は流動的で常に書き換えが可能で、作り出すことができるということが証明された。それによって親が再審請求を行って逆転無罪になると、今度は親が子供を訴えるようになった。
日本でもトラウマという概念が流行している。子供が親を毒親と批判することも珍しくなくなった。記憶が頻繁に書き換えられているという近年の知見は従来の常識に疑問を突き付けている。
38 アメリカが妄想に取りつかれる理由
1980年代のアメリカでは、退行催眠で子供の頃に抑圧された記憶にアクセスし、親からの性的虐待などのトラウマ体験を蘇らせる精神療法が大流行していた。これによって、多くの親が身に覚えのない虐待や悪魔崇拝で投獄されることが相次いだ。
こうした事態は、日本やドイツ、オーストリア、フランスなどでは見られない。アメリカだけで繰り返し起こるのは、アメリカは妄想的な人間が集まって作った国だから。
日本人は内向的で、神経症傾向が強く、改良は得意だがイノベーションが苦手で、時刻表通りに電車が来ないと許されず、感染症は同調圧力で対処する。
個人でも社会でも、目に見える違いの背景には遺伝的・生物学的基盤があり、それを個性や国民性と呼ぶのではないだろうか。
39 トラウマとPTSDのやっかいな関係
アメリカの調査で、トラウマ的なできごとを経験した人がPTSDになるのではなく、元々トラウマ体験を持ちやすいタイプがあり、その人たちは子どもの時も大人になってからもトラウマ体験をする確率が高くPTSDになりやすい、ということがわかった。
外向性が高いと強い刺激を求めてリスク行動をとりやすい。神経症傾向が高いとものごとを悲観的にとらえ、あらゆることをネガティブに解釈する。辛い思いを感じやすい人が、最もトラウマ体験をしやすい。
トラウマが偽物だというわけではなく、すべての記憶が偽物だ。最近の脳科学で、脳には起きたできごとがそのまま保存されているのではなく、なんらかの刺激を受けたときにその都度記憶が想起され再構成されていることが分かっている。
40 人類がトラウマから解放される日
ヒトに限らず多くの生物が記憶をもっている。その方が生存、繁殖に有利だからだ。
深刻な精神的影響に苦しむとき、事実かどうかにかかわらず、その記憶をトラウマと呼ぶ。
記憶とはなんだろうか。原理的には、ニューロン間のつながりやすさとつながりにくさの組み合わせでしかない。
脳には記憶が保存されておらず、特定の刺激によってその都度、脳のネットワークが再構築される。
脳に電極を入れたり、レーザー光線を当てたりして、記憶に影響を与える研究が行われている。将来的には、記憶を自由に書き換えられるようになり、トラウマで苦しむことがなくなるかもしれないが、そうなったとき、「わたし」はいったい何者になるのだろうか。